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No.12

つつい・やすたか
 1934年大阪府生まれ。SF黎明期の1960年にSF同人誌「NULL」を主宰。著作に「虚人たち」(泉鏡花文学賞)、「夢の木坂分岐点」(谷崎潤一郎賞)、「ヨッパ谷への降下」(川端康成文学賞)、「わたしのグランパ」(読売文学賞)など多数。俳優としても活動中。

映画館や劇場での喫煙という至福。

宇能鴻一郎と一緒にローマへ行った時のことだ。その日は別行動をとり、おれはローマ市内をぶらぶら歩いていた。すると「フリッツ・イル・ガットォ」というイタリア語のタイトルで書かれた映画のポスターが貼ってあり、あの「フリッツ・ザ・キャット」の主人公、猫のフリッツの顔があった。この映画は未見であったが、原作の漫画を読んでストーリイは知っている。イタリア語の吹き替えになっているだろうが、話はわかる筈だ。そう思い、すぐ近くのその上映館へ行った。

館内は広く、座席もソファみたいにゆったりして豪勢だった。昼間なので観客は四分の入りだが、女性が多かった。その多くがファッション・モデルなのか娼婦なのかよくわからぬ洒落た服装の美人であり、なぜかその多くがブーツをはいていたように思う。漫画映画なのにそれは完全に大人の映画であり、彼女たちは動物たちのセックス・シーンを楽しみ、笑っていた。

映画を見ながら煙草を喫っている女性がいるので気がついた。なんと前の座席の背中に灰皿がついているではないか。なんと、なんと、喫煙自由の映画館だったのである。おおイタリアはなんと文化的な国家であろう。さすがはローマ。映画を見ながら煙草を喫うことは、まだヴィデオがなかった時代からの、わが長年の夢だったのである。嬉しさと楽しさでうっとりしながら、「フリッツ・ザ・キャット」と喫煙を楽しんだあの時間は、まさに至福の時間であった。

映画を見ていて、登場人物が喫煙しはじめると闇雲に煙草が喫いたくなる。そんな経験は喫煙者なら誰でも持っている筈のものであり、劇場で芝居を見ている時も同様だろう。なのに映画館、劇場、共に日本では客席での喫煙は言語道断ということになっている。われわれ喫煙者はこれを理不盡と思う。だからこそ映画館に行かず、家でビデオを見るのである。しかし芝居だけは家で見るわけにいかない。ほとんどの芝居は劇場中継がないからだ。ではこれをどう解決するか。おれは解決した。自分が芝居に出て煙草を喫えばいいのだ。わははははは。例えば蜷川幸雄演出のチェーホフ「かもめ」ではトリゴーリンの役をやり、二幕で一本、四幕で一本、喫うことができた。実になんともいい気分のものでありましたぞ。なんとそういえば喫煙のきっかけが、高校時代の演劇上演に端を発していたのではなかったか。

シンポジウムの舞台で煙草を喫ったこともある。最近はなかなか喫わせて貰えなくなったが、たまには喫える場合もある。札幌の劇作家協会の大会では、舞台での喫煙が禁じられていたにかかわらず、あまりに時間を超過したため我慢できず、とうとう煙草に火をつけてしまった。同席者、参会者、みんな驚いて、早早にシンポジウムは終了となった。

朝日新聞主催のシンポジウムがあり、差別に関するテーマだったのでわが敵方の被差別者支援団体の者も大勢来ていた。自分が話している時はいいのだが、他の人が喋っている時は身を持て余す。さいわい壇上で喫煙できる会館だったので、どうしても煙草を喫ってしまう。

休憩時間、楽屋にアンケートの回答用紙がまわってきた。中におれの舞台上での喫煙を咎める書込みがあった。ふたたびシンポジウムが始まったのでおれはそのアンケートに触れ、「被差別者支援団体の人はどうも喫煙者差別をする人たちであるようだ」と言ってまた煙草を喫った。おれのファンも来ていて、彼らから拍手が起った。まことにいい気分でありました。あはははははははは。

今月のお薦め

東京駅・大丸東京店八階レストラン街にある
「椿山荘」を褒めよう!

上京して、東京駅へ夕食時に着いた時はいつもこの椿山荘へ行くことにしている。和食で、なかなか味もよろしく、値段も手頃である。煙草も自由に喫える。退勤した丸の内サラリーマンで賑わっているのもそのせいだろう。8階のレストランの中ではいちばん大きな店である。

値段も手頃で、ランチタイム限定の料理だと、季節のおすすめ膳が税込みで二千三百十円、夕食は(もちろんランチタイムにも食べられます)、お造り膳が同じく二千四百十五円、欧華膳というヒレステーキのついた膳が二千六百二十五円、松花堂みやびが三千百五十円、華やか膳が三千六百七十五円、おすすめは調理長のおすすめでもある花遊び膳で五千二百五十円。それ以上の会席料理だとランチタイムには予約が必要になってきて、花衣六千三百円、いちばん高くて花舞八千四百円ということになる。

窓際の席だと暮れなずむ東京駅前のビル街が見渡せて、これがなかなかの風情である。諸君、全席喫煙自由のすぐれもの、大丸東京店八階レストラン街にある「椿山荘」へ行こう!