special

No.12

つつい・やすたか
 1934年大阪府生まれ。SF黎明期の1960年にSF同人誌「NULL」を主宰。著作に「虚人たち」(泉鏡花文学賞)、「夢の木坂分岐点」(谷崎潤一郎賞)、「ヨッパ谷への降下」(川端康成文学賞)、「わたしのグランパ」(読売文学賞)など多数。俳優としても活動中。

今月より、お求めに応じて月に一度、喫煙者として、また全喫煙者の味方としての立場でこの欄に書くこととなった。喫煙者諸賢の反応が楽しみである一方、嫌煙権運動、禁煙促進運動の諸君らの批判もまた楽しみなことである。連載中、もしかしてちょっとした騒ぎを起すかもしれないが、それもまた楽しみのひとつとして大いに期待していただきたいものである。

JTの社内報

TOKIMEKIパブリッシングというところから発行された「煙草をめぐる冒言・喫煙者のユ〜ウツ」という本に、「紫福談」というエッセイを書いた。諸兄はもうお読みだろうか。もしお読みでないなら、交渉してこのコーナーに採録させてもらってもよいと思っているのだが、とにかくその本を読んだJT(日本たばこ産業)の人がやってきて、社内報のために談話が欲しいと言う。

「何しろこういう禁煙時代なので、社員はみな意気あがらず、勤労意欲も失せてどんよりしています。なんとか元気を出させるためにも、先生からひとこと何でもいいから言ってやっていただきたいのですが」

聞けばその談話が載る社内報というのは社外秘であり、嫌煙権運動の連中に読まれることもないわけであり、だからこそ何でも言ってくれていいのだと言うのである。わしはさっそく一席弁じ立てたのであるが、社外秘の社内報にだけしか載らないというのではわしの談話も一般には公表されないわけであり、それではつまらないから、その時に喋ったことをじわじわ思い出しながらここへ書いておこうと思う。

現在、文学の命運と煙草の命運とは極めて似通っている。文学が若者の読書離れで読まれなくなり、煙草が嫌煙権運動で存続が危ぶまれている現在、それらに関わる者が今なすべきことは何か。言うまでもなくそれぞれの文化としての伝統を残すことである。どちらもその最高レベルの成果を維持させ、その貴重な財産を食いつぶすことのないよう努力すべきである。文学関係出版社は、本が売れさえすればいいという誤った生き残り策をとるべきではない。やたらに若い娘の書いた本に賞を与え、売り出してまで本を売ろうとするのは、過去、文学に親しんできた大人の読者を切り捨てようとする行為である。これは何も最近の若い作家の作品を貶しているのではない。わしは彼女たちの作品はそれなりにきちんと評価しておる。わしはことさらに文壇で「モー娘。」を作ろうとする文芸出版社の姿勢を言っておるのだ。まったくもう、文壇で「モー娘。」を作ってどうするの!

そして文学に携わるわれわれ作家は、小説を読もうとしない読者に阿ることなく、過去の文学遺産を踏んまえてその伝統の上にさらに新しい何かをつけ加えていく努力を怠ってはならないのである。

同様にJTもまた、現代人の趣向にあわせただけの、より軽い煙草を作っていこうとする姿勢は改めるべきである。煙草には過去の長い文化があり、最高級の芸術品ともいえる煙草を作ってきた歴史がある。その財産を食いつぶすようなことをしてはいけない。今となっては不可能に近くなったそれら芸術品の存続を命がけで守ろうとするのがJT社員の務めであろう。

と、まあ、こういったことを喋ったわけであるが、一方ではこれと同様のことを、文学の衰退や若者の読書離れをテーマにしたインタヴューや座談会でも発言している。煙草の命運とのアナロジイで論じるとなかなかわかりやすいらしく、東京新聞の「大波小波」に取りあげられたりして、評判はなかなかいいようだ。

今月のお薦め

渋谷西武百貨店B館3階の 喫茶室「エヴァンタイユ」を褒めよう!

この喫茶室はデパートの店内にありながら独立していず、上部が開いていて下部に間仕切りがあるだけ。なのに全席喫煙ができるという最近珍しい優れた店である。売り場にタバコの煙が流れていくことになるが、それは許容されている。これくらいのことで目くじら立てる他のデパートの方がおかしいと言わんばかりである。

ここはイタリアン・カフェであって、わしの好みのアイス・カプチーノ(カフェラッテ・シャクラット)もある。サンドイッチもうまい。だから買い物にいくたびに立ち寄ることにしている。みんなで渋谷西武百貨店B館3階「エヴァンタイユ」に行こう!