個人サイト Otearai Web 作者 nagura
1974年京都府生まれ
平日はサラリーマンまがいの勤務をこなすかたわら、自サイトその他で腑抜けた駄文を連ねています。現在吸っているタバコはマイルドセブン(理由は安いから)。酒を飲むと気が大きくなってマルボロを買ってしまい、翌朝後悔することが多い。
   http://www.otearai.net

京都の下町の一角に、知る人ぞ知る「きせる屋さん」がある。

といっても、電車の不正乗車を日々指南しているプロがいるわけではない。そうではなく、喫煙具の「きせる」をすべて手作りしている日本で唯一の職人さんが、ここに店を構えているのだ。

それが「谷川清次郎商店」である。

創業はなんと江戸時代の元禄にまでさかのぼる。現在で9代目となるご主人が、伝統のきせるを一人で作り続けておられるとのこと。

今回はこの谷川清次郎商店を取材させていただいたレポートです。

◆谷川さんに話をうかがう

おそるおそる店の扉を開け、「すみませーん!」「取材をお願いしていた名倉ですー!」と挨拶すると、ご主人が出迎えてくださった。

「どうもどうも。まァかけてください。寒くてすみませんねえ。あ、上着そのままでいいですよ」

伝統工芸の職人さんだけに、どんな怖い人なのだろうと内心ビクビクしていたのだが、ご主人の谷川さんはとても気さくなかたでホッと胸をなでおろす。

そして、ぼくが取材ノートを取り出すやいなや、きせるへの思いをつらつらと話してくださった。

「どうしてこういう店をやってるかというとね、きせるっていう日本の文化を、生きた文化として残していきたいんですよ。博物館に展示されるんじゃあダメで、実際の生活の中での文化として残していきたいんです。だからこうやって作り続けてるんですね」

普段はIT企業で働きながら、週末は江戸時代から続く伝統のきせるを作っておられる谷川さん。その原点は、きせるという文化の火種を絶やすまいという熱意にあったのだ。

出迎えてくださった谷川さん

きせるへの思いを話してくださる

◆さっそく手作りきせるを拝見

「これが私の作ったきせるです」

谷川さんが棚から出してくださったきせるは、いずれも色とりどりで、ハッとするくらい美しかった。 銀色の吸口には精巧な彫刻が施され、羅宇(竹筒)にはべっ甲のような味わい深い模様が淡い輝きをはなっている。

黒や赤といった色合いは、竹筒を染料もしくはうるし塗りで色づけされてたもので、べっ甲のような模様は、竹筒にトロロ昆布のような海藻をまだらに巻きつけてから火鉢にかけ、焦げムラを作ってやることで仕上げるとのこと。へえー、トロロ昆布ですか。

「30年くらい前までは、竹筒にラッカーで色付けしたきせるだけのも多かったんですよ。それだけ余裕のない時代で、ほんとに実用本位で売られてたんですね」

「でも、きせるというのは吸うためだけの道具ではなく、自己主張のひとつなんです。さかのぼれば士農工商の時代、刀は武士しか持てなかったけれど、きせるは誰でも持つことができた。そこで自分しか持ってないきせるを手にすることで、個性を楽しむようになったんです。だから、かます(たばこ入れ)とかその金具とかにもこだわって愛でるという、非常に奥の深い文化として受け継がれてきたんです」

士農工商の時代から、幕府の押し付けではなく庶民たち自らの手によって発展してきたきせる。その文化を今ここで絶やしてしまうのは、確かにとても惜しいことであり、取り返しのつかないことなのかもしれない。

色とりどりの美しいきせる達

すべて銀製のきせるも

◆きせるの作り方をうかがう

「もともとウチは、羅宇(竹筒部分)だけを作ってたんですよ。七代目までは羅宇専門店だった。でもそれだと食えなくなってきたんで、八代目から雁首と吸口を仕入れて、組み立てて売るようになりましてね。で、九代目である私の代から、雁首と吸口の作り方をきせる職人さんに教えてもらって、すべて作るようになったんです」

きせるに限らず、どんな伝統工芸品も、職人さんの仕事は細分化しているものなのだそうだ。そういえば以前に取材した提灯(ちょうちん)職人さんも、骨組みを組み立てて紙を張る「張り子」さんと、それに字を書く「書き子」さんとは完全に独立していたのを思い出す。

ちなみに現在、きせるの金具部分(雁首と吸口)を実用品として手作りしている職人さんは、全国で5人ほどしか残っていないらしい。日本の伝統文化は大丈夫なんだろうか…と柄にもなく不安になってくる。

「そうそう、作り方を知りたいんでしたね。ええっとまず、羅宇の材料となる竹は、竹材農家から仕入れてます。篠竹という品種になりますね。それを適当な長さに切りまして、染めや塗りで色をつけていきます」

「雁首と吸口は、切り出した真鍮の板を金槌で叩いて丸くしていって、つなげていくんです。だから、よーく見るとつなぎ目があるはずですよ。ほら、この内側がちょっと窪んでるのがそれです。そうしてキレイに磨いていけば完成です。真鍮を使うのが基本ですけど、くすんでくるのを嫌う方のためにニッケルのメッキを施すこともありますし、銀を使うこともあります」

「で、最後にきせるの中に羅宇を押しこんで、きせるの出来上がり!羅宇はずっと使ってると内側にヤニがたまって臭くなってきますけど、羅宇だけ交換できますから、雁首と吸口は一生ずっと使えます。ウチの店はもともと羅宇屋ですから、一回三千円くらいで羅宇の交換もさせてもらってます」

羅宇(らお)の材料となる篠竹

真鍮板を丸めて雁首と吸口にする

「七転八起」と刻まれた吸口

鹿革で作られたたばこ入れ

◆きせるを吸いながら

こんな谷川さんに、昨今の嫌煙ムーブメントについてどう思われるかをうかがったところ、こんなお答えがかえってきた。

「いまたばこって言ったら、シガレットでしょう? 紙巻きにフィルターが付いたやつ。でも皆さん勘違いしておられますけど、シガレットはたばこじゃないんです。たばこは漢字で書くと『莨』であって、こう呼んでいいのはきせる用の刻みたばことパイプ用のたばこ葉だけですから」

「シガレットは大量生産・大量消費という流れの中で、ただニコチンを摂取するためだけの『癖』みたいな存在に成り下がったんですよ。でもそれが、嫌煙志向によって峠を越えたことによって、かえって取り戻せるものがあるんじゃないかとも思うんです。たばこがいい意味で、文化としての嗜みや自分らしさの表現といった、本来のものに戻ってきているのかもしれないなァって」

「もちろん、たばこを排除しようとする昨今の風潮には思うところもありますよ。でもね、私らとしては、シガレットへの不評のとばっちりを食らってるような思いもあるんです。シガレットはあたりかまわず吸ってはポイ捨てする人もいますけど、きせるは暮らしの節目にちょっと一服つけるものですからマナーがいい。それにシガレットは、巻き紙や添加物が一緒に燃えるから非常に臭い。でも刻みたばこは純粋なたばこ葉だけですから、煙もほんとうに臭くないんです」

「シガレットもきせるも、同じタバコだという認識で目の敵にしている人が多いのはとても悲しいですね。シガレットときせるは全くの別物です。きせる用のたばこ葉って、髪の毛よりも細く刻まれてるんですけど、これは日本人にしか成し得ない技なんです。きせるが暮らしから消えるということは、伝統文化がひとつ消えるということです。歌舞伎にもきせるを使う場面がよく出てきますけど、きせるが消えたら、こういう伝統芸能にも困った影響が及んでしまうんですよ」

「たばこって嗜好品ですよね? で、『嗜む』っていう漢字は、口偏に老と日って書きますよね? 嗜むというのは節度を持って楽しむことを意味する言葉で、老いてようやく意味が分かるものなんです。こう考えたとき、いま皆さんが吸っているシガレットは、本当に嗜んでいるって言えるでしょうか?」

「私自身は、きせる用の刻みたばこしか吸いません。刻みたばこを吸うと、シガレットなんて吸う気になれないんですよ。確かにシガレットはどこでも簡単に吸えるから便利でしょうけれど、とにかく臭くてまずいですから。とくに最近の低タールシガレットなんかは、フィルターのせいで不味くなるのを補うために、風味付けの添加物を増やしてるから、不純物だらけでますます煙が臭くなるんですよ」

なるほど…。きせる文化の継承を貫いてきた谷川さんの言葉には、ずしりとした重みがある。

刻みたばこ「小粋」を きせるに
詰める

谷川さんの火で一服いただく

灰を落とすときはこうやって
トントン

「きせる以外吸いませんね」

映画『さくらん』に登場するきせるも谷川さんが作ったもの


記念撮影にも快く応じてくださいました

…というわけで谷川さんへのインタビュー、いかがだったでしょうか?

ぼく自身はシガレットも吸っていて、なおかつパイプもきせるも節操なく「かじって」いる身だから、谷川さんのようにシガレットを否定する気にはなれない。ただ、昨今の大量生産&大量消費されるシガレットに人類とたばこの共存を阻む端緒があることは実感しているし、なによりきせるたばこ(刻みたばこ)の旨さは格別! である。

恥ずかしながら伝統だとか文化だとかには疎いけれど、谷川さんの作っておられる美しいきせるを手にすると、こういうモノまでも根絶やしにしてしまいかねない極端な嫌煙ノイローゼには、やはり改めて疑問を抱かざるを得ないのでした。

***

きせる専門店「谷川清次郎商店」のホームページはこちら
(郵便書留による伝統的な通信販売も行っておられます)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tanigawa/