個人サイト Otearai Web 作者 nagura
1974年京都府生まれ
平日はサラリーマンまがいの勤務をこなすかたわら、自サイトその他で腑抜けた駄文を連ねています。現在吸っているタバコはマイルドセブン(理由は安いから)。酒を飲むと気が大きくなってマルボロを買ってしまい、翌朝後悔することが多い。
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たばこを吸うと一口に言っても、人によって吸いかたがさまざまなのが面白い。

鳥が水を飲むみたいにして小刻みに吸う人もいれば、まるであくびでもするかのようにゆっくり大きく吸う人もいる。ひっきりなしにチェーンスモーキングする人もいれば、ときおり思い出したように火をつける人もいる。最初の数口だけ吸ってあとは揉み消す人もいれば、さもしいくらいにフィルターの根元ぎりぎりまで吸う人もいる。

ぼくはそれほど本数を吸わないかわりに、大きく吸い込んで一口を満喫するほうである。もともと肺活量だけはやたらと多いものだから(高校生の頃はとくにスポーツをしていたわけでもないのに学年でトップだった)、吸い込む煙の量には自信がある。冬場に野外でたばこを吸うと、息の白さもあいまってエクトプラズムのごとく大量の煙をモクモク吐き出すものだから、周囲の面々からびっくりされることさえある。これはぼくにとって数少ない自慢話なのだが、誰ひとりとして尊敬してくれないから腹が立つ。

ちなみに鼻の穴からゆっくりと煙を出すのも大好きで、さすがに人前でやるのは憚られるものの、自室でひとり吸っているときなどはけっこうこれをやっている。煙を吸うときだけでなく、出すときも芳ばしい匂いを味わえてお得感があるからだ(同様のお得感はチューハイなんかを飲みすぎて吐いたときにも味わえる。一粒で二度美味しいというやつである)。そのせいか近年、鼻毛を抜いてみたらたまに白髪のブツが「茶髪」になっていることがあって、当初は物珍しさからひっそり貯めていたのだけれど、コレクションが10本を越えたあたりから莫迦らしくなってやめてしまった。

こんな風であるから、自分自身のたばこの吸い癖はあまり好きではない。一口ひとくち大きく吸い込むというのもがさつで品がないし、鼻から煙を出すなどはそれ以前の問題である。せめて人様の前でくらいは品のいい吸いかたをしたいと思うも、いったん身についた癖というのはそう容易く変えられるものではない。

いい吸いかたをされるなァとかねがね尊敬していたのが、学生時代の恩師(指導教授)のH先生である。H先生は本当にゆったりしたお人柄で、先生の授業はまるでスロー再生を観ているような雰囲気だった。おかげでせっかくの含蓄ある講義を毎回夢の中で聴くはめになったのだけれど、そんなH先生が吸われるたばこは、これまた講義に輪をかけてスローモーションなのだった。

卒業論文の相談で先生の研究室にうかがう機会が幾度となくあった。先生はいつも決まって、「まァまァ、おかけなさい」とソファに案内してくださった。ご自身もソファに深々と腰を沈めながら、5秒間くらいかけてセブンスターに火をつけ、ゆーっくりと一口、二口、三口……。そしておもむろに、「今日は君、なんか用事かいな?」と尋ねてこられるのが常だった。

悠長とも思えるほどに間延びした、H先生のこの吸いかたが妙に格好よかったんである。一時期はぼくもこれを真似て、わざとゆっくり吸うよう心がけていたのだが、イライラするばかりで、けっきょく最後まで身に付かなかった。人柄が伴わないまま、上っ面の仕草だけ真似たところで、所詮はそれだけのものでしかなかったのだろう。

そんなH先生、たばこに関して常々おっしゃっていることがひとつあった。

「たばこを吸う人には二種類ある。ひとつはリラックスしたいときに吸う人、もうひとつはイライラしたときに吸う人。前者のたばこは多くなってもいいけど、後者のたばこが多くなるのはアカン」

以降、たばこに火をつけるたび、「この一本はリラックスしたくて吸おうとしているのか、それともイライラしているから吸おうとしているのか」と胸に手を当てる習慣が身についた。今のところリラックスたばこのほうが多いけれど、イライラたばこが増えていることに気づいたときは、いかんいかんと自分を戒めている昨今。

リラックスたばことイライラたばこ、皆さんはどちらが多いですか?